『VISA CM撮影』 visa 広告撮影
- おおとり
- 2018年4月23日
- 読了時間: 3分
更新日:2018年6月26日
担当者替えを三日前にされ、一からの準備だった...
空港で待ち合わせ後即高速鉄道で移動。

初見からして、噛み合う四人
またまた広告のイメージの全体像しかなかたっが、現場確認しながらその場で決めていく所は流石。
ポイントの一つだった 臺中國家歌劇院 、なかは広くいろんなイベント、そしていろん店が客を楽しませんてくれる、掲示られているサックスフォン一つ一つが美し過ぎり芸術、溜息しか出なかった、どんな音がするんだろうと、男ながらメルヘンチックになりました。

1969藍天飯店 (ブルースカイホテル)
1969年に建てられたものをリノベーションしたホテル、経営陣のモダンなセンスが光るこのホテル、廊下やレストランを画家の画廊替わりにしたそのインテリアは、ホテル自体が博物館である。
そして、普通はおろそかにされる朝食も、ここではその値段ではの最高のクォリティーを出してくれる。駐車場がない以外に本当に非のないホテルだ。


そしてガラスの靴の教会での撮影、躍動感のある画像をとるために、カメラマンとモデルが炎天下の中で2時間も撮影を敢行し、素晴らしい作品に仕上げた。

宮原眼科 、日本統治時代眼科だった場所をお土産やリフォームして大成功を収めた、赤レンガの素敵な建物以外に質の高いお土産用食品を飾るリボンも素敵すぎて、あんまりのリクエストで、今はお土産の一品として生まれ変わる。
そしてこのアイス、天然を歌ってるだけあって、よく溶ける...決して貶してるわけではなく、最近のアイスは全く溶けないため、何が入ってんだか...そしてアイスを飾る様々のお菓子はまさにお土産で売ってるアイテムだった。
夕方や夜に来るとあっちこっちに写メポイントが...ただし、眼科以外の場所だとやっぱ...一瞬で現実に...
ディズニーみたいにメルヘンには行かないね!これが街中続いたら素敵なのに...そう思っているあなた!2号店がオープンした...このまんま6号店とか10号店とかこの一体を締めれば...ぜひ頑張っていただきたい

彩虹眷村
戦後、国民党が外省人の軍隊を連れて来た、その住まいとして眷村を作り上げた、近年では若者はそこを離れ、あっちこっちで取り壊しが行われた、自分の村が取り壊されると聞いたおじちゃんが取ったのは筆だった、村を色鮮やかに塗り替えたのであった、それを大学生と教授に発見され、今や101を行く日本人より、村に訪れる日本人の方が多いと言う。
この広告の特徴としては、バレー経験者のモデルにジャンプして貰って、着地したら別の場所だったというコンセプト、撮影はここで一区切りし、今度は台湾からロンドンへジャンプし、そこから世界へ飛び回るという!
台中嘉義跨る事もあって、現地でドライバーを探す事になったが、それがよかった、空港まで高速鉄道の予定だったが、通算三時間半だったが、三時間で空港へ到着、値段は一緒だった。あとで計算してみましたが、
この高速鉄道の代わりにタクシー作戦は、条件付きで高速鉄道より安くなる、
第一に条件は台中までの距離、
第二条件は三人以上であること、
そうすれば新幹線より30分早く空港に着きます。













































































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