『読売新聞「大手小町」』 池上飯包博物館
- おおとり
- 2018年5月18日
- 読了時間: 3分
更新日:2018年6月26日
地平線まで真っすぐな道と、それに続く緑の波...台湾で最も有名な米どころ...池上。
池上という地名を使った看板が,全国各地で展開される池上弁当。

弁当という単語が台湾で使われるまでは飯包という単語が弁当の意を表していた。
今、池上の弁当の歴史を台東のこの博物館で賢覧できる...
館内には池上弁当の発展史、おかずの変遷、伝統的なかまど、農具、各時代の弁当等が展示され、昭和の時代に戻った様な錯覚が...



1962年,池上飯包がまた木片製の箱に盛られ売られるようになった、それが今に至る。
後に当地で同業者による競争が始まり,他の地域にも影響を及ぶほどだった。但是,鉄道運輸業の時代が終え、乗客減少の中で,飯包事業の規模もそれと共に縮小していった。[2]
1999年,老舗池上飯包が新な経営団体に任され,新たに「悟饕池上飯包」と名前を変え,これが全台湾のチェーン化へと促した。最近ではニューヨークで「台灣熊屋」という店で池上飯包を販売しています;台湾から弁当がフランチャイズ企業から技術を伝授され、それを使って現地の方に適格する味と法律に調整し、販売をしている。[5][6]
飯包博物館
館内ではおよそ「歷史文化区」、「農具区」、「稻文化区」、「池上飯包区」、及び「古早飯包区」等の展示区域に別れ,文と絵で池上飯包の歴史と発展を紹介、

また館内に展示される早期飯包作る際に使用した釜戸等の伝統器物が素晴らしい雰囲気を醸し出している。この博物館はただ観光用ではなく,同時に文化保存と教育要素を多様に含んでいる、さらに年配のかたには、あ、懐かしいという感覚を沸きただせることができる。
詩情画意

この池上飯包博物館には弁当を食べて直ぐ去るには勿体ないなにかが沢山隠れています,参観、遊ぶ、適当にいるだけで小一時間なければ堪能できないでしょう。
また食事する場所にも工夫があって、ただただ綺麗、広いだけではない野外食事場,

観光客は博物館の前に飾っている退役した電車の車窓のなかで食事することができる、ここまで揃うと、火車に乗って旅した風情が心の底からこみあがってくるものさ,

弁当を持ち帰りだけでは勿体ない...持ち帰り専門の食事なのに、勿体ない気持ちをさせてくれる,まさに詩情であり、画意である。
そして、弁当、米、キヌア、台東の名産のお土産以外に、面白い目玉を見つけました!!
それが...
これだ~
杏仁のアイスバー...桂円餅米アイスバー...パイナップルローゼルアイスバー...
日本ではまずお目にかかれない味の数々....ン~斬新である。





















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